2010年のベスト (2/2)

 ということで,2010年のベスト,後半です。



[印刷物部門]
 
科学と神秘のあいだ(菊池 誠,双書Zero)
科学と神秘のあいだ このBLOGでも紹介したことのあるきくちさん(阪大)のエッセイ集。 物理学者の書いたエッセイというだけで大半の人は逃げて行っちゃうのかもしれませんが,難しいところはなく,そもそも物理の話でもなく,きわめて読みやすいエッセイが並んでいます。
 ところで,全然関係ないことですが,僕は多くの人から,冷静・冷ややか・理屈っぽいなどと言われたりします。 そうした評価には,まあシチュエーションにも依りますが,概ねネガティヴなニュアンスが込められているようです。 端的に言えば「人間味がない」ってヤツでしょうね。 こういうのは周りから見てどうなのか?というのが重要で,自分から「いや,オレは人間味にあふれている!!」などと力んでみてもしょうがないわけなので(っつーか,そんなことを自分で言うヤツがいたら,あんまり関わりたくないかも (^^;),まあ,みんなが言うなら多分そのとおりなんだろうなと思ったりします。 ……で,きくちさんに面識があるわけではないので,どういう方なのかは知らないし,勝手に同類にされてもハタメーワクなだけでしょうが,物理学なんかやってる人となると,同じような方向の先入観を持たれそうだな……という気がしたりします(←僕の偏見かもしれませんが,たぶん,そうでもないでしょう)。 いわく,「世の中,リクツだけじゃないんだよ!」ってなわけです。 またまた同列に扱うのもなんですが,僕にしろ,物理学者の人にしろ,多かれ少なかれ「(いわゆる)人間的」な部分はあるし,いろんな感情も持っている。 というか,科学者の「(いわゆる)リクツ」に代表される科学的な見方・考え方は,むしろ訓練によって身に着けてきている部分も大きいと思います。 この本は,そのような多少なりとも偏見にまみれた「リクツ」の部分と,それでは割り切れない「感情」の部分を,科学者と言われる人たちがどのように折り合いをつけて日々を過ごしているのか? ……そういったところを垣間見せてくれる興味深い文章が並んでいます。 軽い読み物だし,しかも一読の価値アリと思います。
 この本については「科学と生活のイーハトーヴ」の秀逸なレビューがあるので,そちらもご覧ください。

代替医療のトリック(サイモン・シン, エツァート・エルンスト,新潮社)
代替医療のトリック 上の「科学と神秘のあいだ」とは違って,お手軽に読めるとは言いがたいんですが,一般向けとしては若干とっつきにくいかも知れない……という程度で,あくまで一般向けとして十分分かりやすく書かれています。
 この本は今後「代替医療」を考えるときに,まず押さえておきたい「リファレンス」みたいなものになるのではないかと思います。 代替医療に興味あるかたは,まずは一読をオススメします。
 世の中,妙なものを勧めてくる人は多いし,それらの中には,本当に「よかれ」と思ってそれを勧めてくる場合も少なくありません。 もちろん,「善意で勧めている」ことが必ずしも免罪符にはならない。 むしろ,善意で勧めていることが分かるだけに,断りにくいなんてこともあります。 こと「代替医療」に関する限り,この本を読んでおくことは,そういったものに対処するときの基本的な態度を作るうえで役に立つのではないかと思います。 お手軽ではないなどと脅かしといてなんですが,興味ある人はもちろん,(僕の本音では→)普段こういう本を読まない人にこそ,ぜひ読んでほしい1冊です。

 
[映画部門]
 
(次点) キック・アス
Kick-Ass 去年は映画自体あんまり観なかったのでした。 で,観た中ではこれですね。 ヒロインのあまりにカッコイイアクションシーンが語り草になっているようですが,そういうこと以前に,とにかく話の着想の時点で「ワザアリ」なわけで,失笑モノのギャグや無駄にグロいシーンなども交えつつ,でも,一人の少年の成長譚として良くできていると思いました。 かつて変身ヒーローものに心熱くしたことがある人なら,見て損はない映画でしょう。

 
[BLOG記事部門]
 
「井上俊彦のメディカル・イーティング」に学ぶ情報商材のノウハウNATROMの日記
 2010年もネット上の文章をたくさん読みましたが,上で書いた本,それから他に読んだいくつかの本を加えて考えても,この記事,というより,この記事の最後の「まとめ」の,特に最後の段落は,去年一番強く印象に残った文章かも。 まだ読んでないかたは,ぜひ一読をお勧めします。
 


[(番外) 2010年のワースト]
 2010年もミュージシャンの訃報があれこれありましたが,その中でも,個人的に最もショッキングだったのは,Little Feat のドラマー Richie Hayward の訃報でした。
 以前も書きましたが,Little Feat の再結成後の来日公演は,僕のこれまでのベストライヴの1つです。 強者揃いのメンバーの演奏は期待を遙かに上回るものでしたが,その中でも,Richie Hayward が見せるその時々の閃きと,それを強引なまでのノリで体現して聴き手をねじ伏せる強力さは圧巻でした。 僕はそれなりにいろんな有名ミュージシャンのライヴを観てきましたが,ナマで観たドラマーの中で「天才」という言葉に最も近いのはこの人だろうと思っています。 合掌。
 ちなみに,Little Feat は,女性voの Shaun Murphy も 2009年に脱退しており,既に新drを加えて活動を続けているようです。

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2009年のベスト (2/2)

ということで,ほぼ1年遅れで登場した2009年のベスト,後半です。
 



 
[印刷物部門]
 
 相変わらず続く新書ブームですが,単価が安いのはありがたいものの,どうも粗製乱造の感がますます強くなってるような気がしてます。 そのせいなのか,個人的にわりと忙しい年だったせいで自分自身の感度が鈍っていたのか,はたまた引きが弱くてハズレくじばかり続けて引いちゃったのか,それはよく分かりませんが,総合的に見て,去年はいつもよりもグッと来る本が少なかったな……と思います。 そんな中,楽しんだのは,どちらかというと去年の作品ではないものだったりしました。

魔女とキリスト教(上山 安敏,講談社学術文庫)
Majo 魔女裁判については,怖いもの見たさ的な関心がありつつも,断片的な記事を目にするばかりで,まとまった形の本に接することがありませんでした。 その意味では,ようやくちゃんと読んだ本……という感じではあります。 高校で世界史をやらずに済んでしまった世代であることも手伝って予備知識が圧倒的に乏しいため,理解できない内容や言葉が多々あったんですが,その点を差し引いても面白い内容でした。

ほんとうの「食の安全」を考える−ゼロリスクという幻想(畝山 智香子,DOJIN選書)
Uneyama 「魔女とキリスト教」はかなり前の出版ですが,去年出た本に限れば,やはりこれでしょう。 去年はこのBLOGでも畝山さんの文章をたくさん紹介していたように思いますが,本も……ということになりますね。
 大学の授業の副読本的なイメージの本で,頭文字を使った略語がバンバン出てきたりします。 そのため,はじめは(僕も含め)初学者にはちょっととっつきにくい印象になってしまい,一般向けの本として見ると損をする結果になっているかな?と思わないでもないです。しかし,内容的にはとても面白いです。 例えば,なんとなく漠然としたイメージで,農薬=危険,無農薬=安全,有機農業=なんかすごく良いもの……みたいに思っている人には,ぜひ読んで欲しい1冊です。 そういった単純な(しかし決して正しいとはいえない)意識に根本的な問いを投げかけてくれます。 しかも分かりやすい例とともに。 こういうのこそ,もっと広く読まれて欲しいんですが。 ……せめて,僕がここで採り上げたことによって「ケッ,アイツの薦める本なんて,どうせ鬱陶しいものだぜ」というような先入観を持たれないことを願います。


[映画部門]
 
チェンジリング
Changeling いわずもがなのヒット作ですね。 基になっているゴードン・ノースコット事件(Wineville Chicken Coop Murders)がとにかく後味悪いものだったりするわけですが,映画のほうは,後味が悪くならないように気を配った展開になっていました。 若干脚色もあり,実話よりも多少シンプルな構成にしてあったようでもあります。 とはいえ,ジワジワと追い詰められるかのような不気味な緊迫感は,ホントに素晴らしいものでした。 奇抜な映像でびっくりさせるタイプの作品ではないことも良かったし,その分ビデオで観ても楽しめるように思えるので,まだ見てないかたにはオススメです。
 映画を観たかたには,もとの事件について Wikipedia に記事があるので,紹介しときます(なお,英語版の記事は日本語版とは微妙に異なる記述が見られます。 映画が好評だったこともあってか,その後いろいろアップデートされてるようで,日本語版の記事は以前見たときの英語版記事の内容に近いです。 現在の英語版記事のほうが内容充実かつ冷静な記述ぶりで,より客観的な事実に近づきたい向きにはこちらのほうがオススメと思います)。 ただし,映画未見のかたは Wikipedia を参照するとネタばれするので,その前にまず映画を観ることをオススメします。

 
ザ・ムーン
In_the_shadow_of_the_moon 僕がこれを挙げないでどうする!?と思ったので挙げときます。 アポロ11号月面着陸40周年ということで,去年はアポロがらみのイベントなどいろいろありましたね。 同様の映画では,BBC系の「宇宙へ。」もありましたが,「ザ・ムーン」のほうが数段よかったと思います。 「宇宙へ。」のほうはアメリカの宇宙計画全体をざっくり俯瞰するような構成になっていたせいか,ちょっと食い足りない印象でした。 「ザ・ムーン」はアポロ計画周辺に限定していたというのもありますが,それよりもなによりも,やはりクルーたちの証言の素晴らしさを中心に据えたことが勝因のように思います。 40年前のものにしては映像も凄くて,「へ〜〜,こんな映像があったんだ!」みたいに思うシーンも多々ありました。

 
アンヴィル!
Anvil 2009年の音楽映画としては,"THIS IS IT" よりも断然これでしょう! 2008年の「ヤング@ハート」に続いて,音楽を扱ったドキュメンタリー映画に見事にヤラれました。 メタル好きでなくても必見です(現に,僕は特にメタル好きではないし)。 アンヴィルのメンバーたちの証言はもちろんのこと,それを取り巻く家族たちの意見も,(賛成のものでも反対のものでも)うなずけないものはないという感じで,見事に最後まで持っていかれちゃいました。 映画で観る“男の生きざま”という意味では「レスラー」も良かったけど,個人的には,「レスラー」は痛みが強く感じられすぎて観ていてツラすぎました。 なので,僕としては「アンヴィル!」のほうを挙げときたいと思います。

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2008年のベスト(1/2)

 遅ればせながら,あけましておめでとうございます。
 
 振り返るタイミングが遅いっていう話もありますが(^^;,どうにもこうにも怒涛のように過ぎた2008年でした。 その影響か,ここに書いた記事も少なかったですね。 更新のモチベーションを上げる何かを自分の中に作らないと……などと思いつつ,みなさまの感想などお待ちしています……なんてことも書いてしまうのだった。(^^;;
 
 ということで,またしても年を越してしまいましたが,とりあえず書きます「2008年のベスト」。 今回も2回に分けて去年出会った「良かったもの」たちをご紹介です。 まずは,前半戦ということで,印刷物部門と(珍しいことに)映画部門です。
 
 
[印刷物部門]
 まずは印刷物部門です。 2007年のベストを書いたときは,2008年はもっと本を読もうなどと思っていたのに,フタを開けたら,むしろ読書量が落ちてしまったのでした。 ……う〜〜む。
 
文明崩壊(上) 滅亡と存続の命運を分けるもの (Jared Diamond,草思社)
Collapse 実は,これ,まだ下巻を読了してないんですが,このままだと 2008年にも 2009年にも含まれなくなりそうなので,挙げときます。
 過去において失われた幾つかの文明について,その理由を環境との相互作用の観点を重視しながら解説,そこから我々の文明のとるべき道を探ろうというものですが,上巻で紹介される,歴史上のさまざまな文明の崩壊のさまが,なんとも言えない感慨を呼び起こします。 なにしろ上下巻の分厚い本で,僕は現在,下巻の半ばなので下巻についてのコメントは控えますが,とりあえず,上巻はオススメです。

アフリカ 〜苦悩する大陸〜 (Robert Guest,東洋経済新報社)
Shackled Continent これまであまりに無関心だったせいもあってか,アフリカの状況について先入観すら形成されてない状態だったので,この本に大きなショックを受けるというところまではいきませんでした。 しかし,アフリカの種々の問題がはらむ難しさを,これでもかと指摘され,その厳しい現実の前に言葉をなくします。
 アフリカへの援助ということを,有名人がキャンプを訪問してかわいそうな子供を抱きしめてあげたりすることだと思ってる人(←そんな人,あんまりいないと思いますが),そうでなくても,日本は大金を援助に供出しているからそれでOKと思ってる人,それから,僕のようにあまりに何も知らない人,……みな,一読の価値があるのではないかと思います。
 それから,「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」のこの記事あたりで知った「アフリカ・レポート (松本 仁一,岩波新書)」も,比較的近い趣旨ではありますが,コンパクトで読みやすく,こちらもいい本だと思いました。 ……もっとも,終盤,読者に希望を与えておいて,最後にまたキツイ現実をつきつけるという展開には参りましたが。


 
[映画部門]
 本は読まなかったけど,なぜか今年は例年よりもたくさん映画を観たような気がします。 といっても,その「例年」ってヤツが「ほとんど観ないに等しい」ってな調子なので,絶対数では全然たくさんじゃないんですが。
 
ヤング@ハート
YOUNG@HEART それにしても,どうにも偏ってることに,観た映画のかなりの割合をドキュメンタリーが占めていたりします。 で,ベストは,やはりこれかな?というわけです。
 いやー,実際これには参りました。 ネット上で誰かが「これはズルイ。 こんな題材を撮ったら面白くならないわけがない」みたいなことを書いてましたが,確かに,どうあがいても(って,別にあがいてはいないが)感動せずにはいられない映画でした。 (僕も含め)多くの人が感動し,なおかつ幸せな気分で映画館を後にしたのではないかと思います。
 個人的には,映画の大枠(コンサートの準備開始から当日までの紆余曲折を追いかけたドキュメンタリーです)ももちろんですが,随所で出てくるパフォーマンスの素晴らしさにもヤられました。 彼ら・彼女らが歌う,そのことによって,有名なあれこれの曲に,企まずして全く新しい解釈が吹き込まれている……ということに,ガッチリ心をわしづかみにされてしまったのでした。

敵こそ、我が友 〜戦犯クラウス・バルビーの3つの人生〜
Klaus Barbie エラそうに言ってしまえば,これは秀逸なドキュメンタリーでした。 本来なら戦犯として裁かれてジ・エンドだったはずが,戦時・戦後の国際関係の波に呑み込まれ,というか,結果的にはその波に乗ることによって生き残ることが出来た1人の人間の数奇な生涯を追った作品ですが,僕も含め恐らくほとんどの人が,主役であるクラウス・バルビーに決して好感をもてないでしょう。 しかし,彼を利用しようとする国際政治の思惑が,結果的には彼を救うことになります。 観終わって,なんとも言えない苦い後味。 でもそれが現実なのだ,ということがまたズッシリとのしかかってきます。

(次点) 僕らのミライへ逆回転
 これはドキュメンタリーじゃなくて普通の映画です。 以前,町山智浩さんが BLOG で紹介していたので気になっていて,日本公開されたということで観にいきました。
 この邦題はどうかと思いますが,中身のほうはなかなか良いものでした。 ドタバタコメディそのものの前半から,最後にはジ〜〜〜ンとさせる……と書くと,喜劇の王道みたいな展開ではありますが,その「ジ〜〜〜ン」が,僕達が何かを作ったり表現したりする,その根っこの部分に想いを馳せずにいられないものだったりして,そこに見事にヤラれてしまいました。

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2007年のベスト [1/2: 紙編]

 ということで,今年もやることにしました,この1年のベスト。 今年は年を越す前にやるぞ!ってことで早々と(当社比)開始です。 各部門,これ以降に出会った作品は来年扱いということで。 もちろん,僕にとっての今年のベストなので,例によって今年出たわけじゃないものも含まれます。
 で,今年も2回に分けて書く予定です。 第1回は紙媒体(印刷物部門)。
 



[印刷物部門]
あなたの人生の物語(テッド・チャン,ハヤカワ文庫)
Ted_chiang 「なにをいまさら……」という人も大勢いるでしょう。 はい,いまさらです(←開き直り)。
 テッド・チャンの,この時点での全作品を収めた短篇/中篇集。 翻訳が出たのは 2003年の後半なので,もう4年前ということになります。
 数々の賞を受賞している作品ですが,そうした高い評価を知りながら今の今まで読まなかった,ということを,これほど恥じたことはありません。 冒頭の「バビロンの塔」のファンタスティックな描写と展開に心地よく驚愕し,さらに,表題作を読み終えたときには,あふれ出る感動を抑えることが出来ませんでした(早い話が,すっかり号泣モード(^^;)。
 
 去年あたりから,ノンフィクションや評論みたいなのばかり読むようになっていたんですが,これを読んで久々に小説というものの良さに目覚め,その後はフィクション/ノンフィクション併せて読むようになったのでした。 その意味でも,僕にとって今年のエポックになった本と言えます。 もしまだ読んでない方がいたら,ぜひどうぞ。
 
 
生物と無生物のあいだ(福岡伸一,講談社現代新書)
Lifelifeless 折からの新書ブームのせいで粗製乱造ぎみになったのかどうかは分かりませんが,どうも僕が今年読んだ新書は中身の薄いものが多かったように思います(まあ,たまたま引きが悪かったのかも知れませんが)。 ……そんな中,ひときわ充実した気分を味わったのがこれでした。
 著者の実体験を織り交ぜながら,20世紀から今日までの生物学(特にミクロなレベル,つまりは「バイオ」という言葉から想像されるような方向の生物学)の発展を追いかけているんですが,なんといっても語り口が素晴らしく,グイグイ読まされてしまいます。
 科学に興味はあるけど,どうも日本の科学者の書く本は読みにくい&分かりにくい印象を持っていると言う人がもしいたら(←昔の僕が,まさにそうでした),「そんなことはないぜ。 そういうことはこれを読んでから言ってくれ!」と言い返したい。

(追記 [2009/01/11]
2008年のベスト」を書いていて思い出したんですが,ネット上の幾つかの記事を読む限り,この著者の福岡伸一さん,どうも,あちこちでヤバげな(と僕には思えるような)発言もしているみたいですね。 確かに,この本でも,読みながらちょっと気になりつつもスルーしたところも幾つかあったような気がします。
 まあ,そういうことがあるにせよ,この本がいい本だという僕の評価じたいに変化はありません。 ただし,(とりあえず)その評価はこの本限定ということにしておきたいと思います。)
 
 
(次点)自分の体で実験したい−命がけの科学者列伝(レスリー・デンディ+メル・ボーリング,紀伊國屋書店)
 予想以上に楽しい本でした。
 「自分の体で実験したい」という題名からは,なにか「楽しさひとり占め」みたいなエゴイスティックな雰囲気が感じられないでもありませんが,原題は "Guinea Pig Scientists" (直訳するなら「モルモット科学者たち」ってなところか)で,ちょっとだけ趣が違います。
 自分の体で実験した科学史上のいくつかのエピソードが収められており,確かに「自分の体で実験する楽しさ」みたいなものを感じさせる話もありますが,その一方で,(「実験台」という言葉から当然予想される)医学系のエピソードなどでは,他人の命を危険にさらすわけにはいかないという判断や,あるいは,より冷静に,その実験の持つ危険な要素・実験で観察すべき点などを最もよくわかっている自分が実験台として一番ふさわしいという判断で「自分を使った実験」に挑む様子が描かれています。 そして,それらの中には悲しい結末を迎えた話もあり,心揺さぶられます。
 
 僕自身の経験でも,学生時代の実験で危険な場所(←あくまで可能性としての危険ですが)に踏み込む必要があるとき,そういう場面だけは先生たちが買って出ていました。 普段は学生を労働部隊みたいな感じで使っていても,です。 僕の経験をただちに一般化は出来ませんが,やはりそういうものだろうと思ったりします。
 
 
(次点)現代の貧困(岩田正美,ちくま新書)
 右を向いても左を向いても,「格差」とか「ワーキング・プア」などの言葉がやたらと飛び交った1年でしたが,この本は,そういう言葉たちの背後にある通奏音とも言うべき「貧困」の問題について,基本的な知見を示してくれる本と言えるでしょう。 データに基づいて話を進めるので,決して読みやすいとは言えませんが(あ,もちろん難しい本というわけではないです,新書だし),その分,このところの格差論なんかにありがちな感情的な記述に陥ることなく,歴史や現状を静かに把握させてくれます。 この手の問題に不案内な僕にはかなり意外な数字もあったりして,「う〜〜ん」と思わされたりしました。
 データ分析を離れた議論になると,必ずしも説得的ではないように思えたので次点にしましたが,エモーショナルな格差論議に絡め取られる前に,ベースとなる知識を得る……という意味で読んでおくといい本かも知れません。

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2006年のベスト [1/2: 紙編]

 みなさま,今更ながら,あけましておめでとうございます。
 
 Michael Brecker が亡くなったという悲しいニュースが飛び込んできて,ちょっと放心したりもしましたが,……まあ,悪いニュースの後は良いこともあるということで,充実した1年にしましょう(単純すぎるかな)。 ともあれ,今年もよろしくです。
 



トゥルーデおばさん さて,今回は,2006年に読んだり聴いたりしたもののベストを挙げようという企画です。 普通,こういうものは年末に済ませとくものなんでしょうが,書こうということだけは決めたクセに,何やかや言ってるうちに実行するのがどんどん遅くなってしまい,こんな時期にずれ込んでしまいました。
 というわけで,年明けから,いきなり,思いっきり後ろ向きな記事ですが,……まあ,いいではないですか (^^;。
 
 で,珍しく2回に分けて書くつもりですが,今日は,まず紙媒体のものです。
 バンドなんかやってて出かけることが多いせいもあって(ハイ,ただの言い訳です),正直なところあまり本を読んでないんですが,それでも,多少は読んだ本もあるので,そこから面白かったものを順不同で紹介します(わざわざ僕が書くまでもない,通りいっぺんのものばかりという気もしますが,まあ,それは気にしないのがお約束ということで)。
 
私家版・ユダヤ文化論 (内田 樹 文春新書)
 去年何冊か読んだ内田樹さんの本の中で,いちばん面白かった(スリルを感じた)のが,これ。
 僕は,ユダヤ問題については知らないことがあまりに多いので,例えば,途中に示される日本およびヨーロッパにおける歴史的な記述について,それが当時どの程度の影響力を持ったのか…など,この本の範囲内だけでは把握しきれなかったというのが正直なところです。 また,ここで示される論理展開には,疑問な(正直なところ,承服できない)点も多々あります。 しかし,そういった部分を差し引いても,ユダヤ人とは一体何なのか,ユダヤ人が示すとされる知性や独創性の本質はどこにあるのか,といった問いに立ち向かう刺激的な論考として,一読の価値はあるのではないかと思います。
 
性と暴力のアメリカ (鈴木 透 中公新書)
 「性に関する取扱い」と「暴力(特にリンチ)」の2つを軸に,アメリカという国の特異性をあぶりだす試み。 終章で述べられる結論はやや凡庸という気もしますが(失礼),そこに至るまでの,アメリカ史を読み解く部分の記述には非常に興味深いものがあります。 アメリカの裏側(暗部)みたいな読み方をされそうな本ですが,個人的には,アメリカ史を(羅列的であることを敢えて排して)ある視座から捉えなおそうとする,意外に真っ当な試みであるように思います。
 
グリムのような物語〜トゥルーデおばさん (諸星 大二郎 朝日ソノラマ)
 グリム童話に取材した短編漫画集。 マンガと侮るなかれ,グリム童話はあくまで出発点に過ぎず,そこから自由にイマジネーションを羽ばたかせて,著者ならではの時空を創り出しています。
 諸星大二郎というと,最近は「栞と紙魚子」シリーズなどの,わりと軽めの作品が目立っているように思ってましたが,健在ぶりを強く印象付けられた1冊です。
 
刑務所の風景 (浜井 浩一 日本評論社)
 著者が刑務所に勤務したときの経験を記したモノグラフ。 初出は雑誌「法学セミナー」での連載記事らしく,そのせいか,比較的軽やかな筆致で刑務所の中のシステムや状況が描かれています。 扱っている題材・内容からは意外なほど楽しく読めてしまいますが,その軽やかさの中に,現在の社会における刑務所の抱える様々な問題が見事に浮き上がってくる好著……という感じです。
 
 
 はじめの2冊は新書ですが,去年はぶっちゃけ「新書の年」だったような気がします。 新書は手軽だけど,あのサイズだとどうしても細かい議論は端折ってしまわれがちで,例えば,現状分析みたいなことが述べられていたとしても,いきなり結論めいたことが述べられると,その内容が妥当なのか読んでいてなかなか判断できないところがあります。 まあ,そうした部分は(ある程度)著者を信用するしかないわけですが,やっぱりどうにも「食い足りない」感じが残ってしまいますね。 もう少し実証ベースで議論して欲しいという感想を持つことが多かったように思います……ないものねだりなのかも知れませんが。 あと,「なぜ○○は××なのか」みたいな書名があまりに連発されすぎかな,という気も……。
 う〜む,読書量少ないってヤツが何を言ってるんだ!?って感じかな?  「買っただけ」の本も溜まってるし,今年はもっと量を増やしたいところです。

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メディアの呼び起こす感情

 「医学都市伝説」という有名サイトがあり,愛読してます。 書いてらっしゃるのは精神科医を本業とする方で,医療系を中心に,世間に広く流布している「都市伝説(単なる「うわさ」よりも,真実味を伴って語られているもの・・・という感じでしょうか)」を紹介して,時にはそれに関するデータを示したりしながら,論評を加えるという形式になっています。
 このサイトのメインコンテンツである「医学都市伝説」の抜粋で構成された「死体洗いのアルバイト」という本が1年ほど前に出版されていて,最近になって,遅ればせながら買って来ました。
 いちいちつき合わせてみたわけではありませんが,基本的にはサイトに書いてある記事をほぼそのまま収録した本のようです。 とだけ書くと,「それならサイトを訪問すれば事足りるじゃないか」という気がしないでもありません(事実,amazon.co.jp なんかの書評ではそういう意見も多いようです。 僕は楽しく読みましたが。)が,個人的にちょっと面白かったのは,僕の場合だけかどうかは分からないけれど,読後の感想が,web 上で読んでたときとは微妙に違っているのです。 なにか,そのときよりもちょっとだけ「重たい感じ」になるとでも言うのでしょうか。 医療系の話なので人間の生死にかかわるエピソードも語られていたりするのですが,そういう場面では web 上での初読時よりもかなりズッシリした感動を味わうことになりました。 また,軽快な小ネタみたいな文章でも,以前感じた「軽やかさ」よりはむしろ「諧謔味」とでも言うべきものに置き換わって感じられます。
 このような感想の変化は一体どこから来るのだろう? と考えると,それはもちろん「再読である」ことの影響もあるのかも知れませんが,どうも,それ以上に「本である」ということが読み手(=僕)に微妙な影響を及ぼしているのではないかと思ったりします。 同じ「活字(的なもの)を読む」という行為に他ならないのに。 本という「物理的な体裁」や「横書きから縦書きに変わったこと」などが微妙に受け手に与える印象を変化させているのではないか?と思えるフシがあるわけですね。
 これを一般化するなら,“同じ情報でも,その情報を担うメディアによって受け手に呼び起こす感情が異なる”・・・ってなことになりますが,平たく言うならこれは結局のところ,僕達よりも上の世代の方々が言う「本を読むときは背筋が伸びる(だから本はありがたい,みたいな話につながってたりする)」的な,既にある多くの指摘とさほど変わないことになります(あまり面白くないですね (^^;)。
 日頃,特別に本をありがたがったりしているわけではない(つもりだった)ので,こうした違いを自分が実感として味わって新鮮な気分だったのだろうと,自己分析してみたりするのでした。

 さて,こういう違いというのは,異種メディアがそれぞれ本質的に内包している性質の違いなのだ・・・と(本という「物理メディア」とインターネットという「電子メディア」…みたいな対比はあくまで1つのモチーフだとして)強弁できるとちょっと面白いのかもしれないのですが,それをやろうとすると,例えば本の権威を擁護するような,ある意味古典的・権威主義的な方向に向かう以外には,相当よく考えないと,あまり説得力のある意見が構築できそうもない。 まぁ,それよりはやはり,情報を受容する側(=僕)がメディアに対して何とはなしに感じている属性を,得られた情報そのものの方に意識的/無意識的に投影していることが主要な要因であると考えるほうが,むしろ妥当なんだろうな・・・という方向に落ち着いてしまいます。
 で,後者の見方に立つなら,こうした受け取り方の違いが僕とは逆の方向(=ネットで見る情報のほうが重たく感じられる)の人がいることも,可能性としては考えられるハズですが,あんまりそういう意見は聞かないように思います。 これは本というメディアには歴史もあり,また書物にはある種の権威という属性があったということと無縁ではないでしょう。

 では,ちょっと強引だけど,僕のような感じ方は極めてフツーであり,同様な感じ方をする人が相当の割合でいると仮定するなら,その範囲(の規定の仕方)はどの程度まで拡げて考えられるのでしょう?

 単純に “本に接する機会が比較的多い人の集団” ということになるのかも知れないけど,ネットというメディアとの対比で言うなら,ネットをよく利用している人とそうでない人では違いがあるだろうと考えられます。 一見もっともらしい。 でも,そういう視点で議論しようとすると,上記の議論の流れから,僕自身は「ネットをあまり利用しない人」にカテゴライズされなければいけないことになります。 フツーの社会生活を営んでいて,そんなネット漬けな生活をしてるわけではないので,それはそれで正しいと言えないこともないし,「よく利用している」という定義づけは程度による区分けであることを示しているわけだから,「ネット利用者」を若干限定的に定義することにすれば十分成り立つ議論になりそうですが,一般的な感覚としては,こうしてネット上に文章を書いたりしてる段階で,僕を「ネットをあまり利用しない人」に分類するのでは,分類の妥当性に疑問符がつくと感じる人の方が多いかも・・・とも思えます。 それではあまり説得的な議論にならないかも。

 となると,もう少し「世代論」的なものを持ち出すべきなのか?
 世代論的な決定論は僕の好みではありませんが,「生まれたときからテレビがあった世代」と「それ以前」という区分けの仕方がよく為されるので,これと同じ発想に立って,「生まれたとき,ないし,ものごころ付いたときにはインターネットに繋がる環境があった世代」と「それ以前の世代」とを対比させると,前者では,本の情報とネットの情報とをそれほど先入観なく同列に扱えるのかもしれない・・・という推測は可能かも知れません。 僕と同じような感じ方をする集団として考えうる最大の集団はこのときの「それ以前の世代」ということになるのかな? う〜む,なんか旧人類にされたようで,あまりいい気はしないけど (^^;,まあまあ妥当な線引きなのかも。 ただ,これを採用すると,本というメディアの持つ重みは今しばらく安泰で,本メディアが新たな相対化に直面することによる変化が起こるのはもう少し先ということになりそう。

 以前にも取り上げた梅田望夫さんの BLOG の中では,インターネットの普及以後,情報リテラシーに長けた「ネット世代」とでもいうべき集団が登場しているという考えが述べられていて,ネット世代とそれ以前の世代とでは,情報に対峙するときの姿勢や,情報を処理する(多くの情報の中からより確からしい情報を選び取り,それらを自分の中に位置づけ統合する能力が想定されているようです)自己の能力への確信などの面が大きく異なっており,その違いが,行動様式にも影響を及ぼしているという議論を繰り返し行なっています。 この考え方の妥当性については,ある面で疑問を感じなくもないのですが,いやおうなしに多くの情報に晒される今の時代にあっては,それらの情報をどのように自分の中で処理するかという問題が極めて重要であり,しかも,社会に表出される各人の行動とそうした(個人レベルでの)情報処理の結果とが結びつくウェイトも従来より遙かに大きくなる・・・ということを世代論的な言い方で指摘したものだと捉えることが出来ます。 この辺の分類も「本に対して僕と同じような感じ方をする集団/しない集団」とミートする考え方かも・・・。
 
 
 
・・・などと,本の内容とは関係ないところで妄想が膨らんでいくのでした。
 
 
 
 
p.s.
ということで,オチなし・結論なしなので,何かまとまった主張を期待して(読みにくい文を)最後まで読んだ方,どうもすいません (^^;;。 今回はちょっとした思考のお遊びということで,お許しいただきたく(ぺこぺこ)。

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