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スーパースターを待望する

 中村修二氏と日亜化学との間で争われた青色LED 関連特許に関する訴訟が,先ごろ和解ということになって,その結果(特に金額)の是非についてさまざまな意見が出ているようです。
 中村氏の「悪役」的な言動もあってか,彼に批判的な言説が目に付きますね(まあ,実際,見ていて愉快な物言いではなかったようだし)。
 この件は,特許への対価を求めた他の訴訟に比べて,この件だけの個別事情があまりにも多い(それらには,中村氏に同情すべき点が少なくない)ので,この件の結果をそのまま特許に関する訴訟一般に当てはめることはできないでしょう。
 今回の結果や和解の内容についてとやかく言う気はありません。 ただ,この件に対する一連の反応を見ていて,ちょっと気になるところがあるのも事実なので,(訴訟そのものについてではなく)そちらについて書こうと思います。

 ちょっと驚かされるのが,「そんなに金が欲しければ,自分で会社を興せばいいのだ」みたいな意見があたかも(中村氏に対する)有効な反論であるかのように言われ,しかもそういう意見が決して珍しくないことです。
 最近増えてきた特許への対価を巡る訴訟では,発明者に対して千万単位・億単位・あるいは百億単位の額が認定されてきました(百億単位は,今回撤回された形になるわけですが)。 こうした結果に対して,経営層から不満が出るのは,まあ,無理からぬことと思えるわけですが,その意見に一般者までもが同調しなくてもいいのでは・・・。
 青色 LED のようなビッグビジネスの会社を興すことは,その人の持つ時間・能力のかなりの部分をその会社の経営に割くことを要求すると考えられます。 つまり,「研究者であることを辞めて」完全に経営者に “転職” するか,または,少なくとも相当な割合を,研究ではなく経営(マネジメント)のために割くことになるわけです。
 しかしながら,中村氏の求めているのはそういうことではありません。 思うに,彼が今回社会に対して起こした問題提起の重要なポイントは,「研究者・技術者というポジションのまま」では大成功してさえも経済的にも社会的にも報われるということがないという現状はおかしいのではないか・・・という点ではないでしょうか。 それに対して「会社を興せばいいじゃないか」と言うことは,「その通り!研究者のまま富を得てはいけない」と述べているのと大差ないわけで,これは,中村氏の問題提起を一顧だにせず「門前払い」しているのと実質的には同じではないかと,僕には思えるのです。

 それから,一連の意見を読んでいてカナシくなるのは,クリエイティヴな業績に対する敬意の念の不在です。
 「彼は,サラリーマンとしての身分を保証されていて,研究に伴うリスクを十分に負っていたとは言えないのだから,リスクを負っている場合に比べて対価は低く見積もられるべきだ」みたいな意見を言いたくなる気持ちは僕にも分からないでもないけど,その一方でそういった「こき下ろす」系の感想ばかりでは「なんだかなー」という気もします。
 ましてや,「営業職である私の生涯賃金の何倍も貰うんだから十分だ」なんていうのは笑止千万。 「100年に1度」というマスコミの枕詞は言いすぎだと思うけど,まぁそう言われるくらい重要度の高い業績と,ごく一般的な日常業務で得られるものとを同列に比較して何とも思わない神経というのは一体なんなんでしょう。
 「件の特許は今はあまり使われていない」だの「そもそも特許性に疑問がある」だの「彼1人で成し遂げたのではない」だの・・・それぞれはある面で事実を言い当ててるけれど,そんなことを指摘するより先に払うべき敬意ってのがまず示されていいんじゃないの? ノーベル賞のように外から認定してもらわなければ賞賛さえも惜しんでしまうのでしょうか。 それではいくらなんでも悲しすぎます。
(例えば,島津製作所の田中氏の業績の価値は,実はかなり微妙なポジションにあって,ノーベル賞はあの分野の別の人に贈られても全く不思議でなかったりします(田中氏に贈られたのが不思議という見方も出来る)。 それに比べれば,青色 LED における中村氏の業績は,むしろ,かなりハッキリしていると言えるでしょう。)
 だいたいにして,ホントに「100年に1度」なら,カタイこと言わずに(社会全体として)100年に1度の待遇をしてもいいのでは? もちろん,必ずしもカネである必要はないにしても。

 日本は国策として「科学技術立国」を旗印にしているそうです。 資源の乏しい国が今後も繁栄していくためには良い考え方だと思いますが,そんなスローガンとは裏腹に,国民の “科学技術離れ” は深刻だという調査結果などもあります。 そりゃあ,社会的に大きく取り上げられない(評価されない)対象には興味のスポットが当たりにくくなるのも無理ないし,苦労の割に報われないのではその仕事に就きたい(就かせたい)と思わなくなるのも当然でしょう。
 老人医療/福祉なども同様ですが,今後重要になると予測し育てようとするなら,そのフィールドに従事することが魅力的に見えるようにしていかないと話にならないと思うのです。 その「魅力」が金なのか,社会的なステイタスか何かなのかはよく分からないけど,少なくとも何もないところに人は集まりませんよ・・・いわゆる「優秀な人」なんて,なおのこと集まらないのでは?
 今回の裁判の結果がどうこうということとは違う次元で,早急に手を打たないと「科学技術立国」なんてちゃんちゃらおかしい。 没落の道まっしぐらになりかねないと思います。

 その意味でも,僕は科学/技術の分野に「文句の付けようのないスーパースター」が現れることを待望しています(そういう存在を当てにするというのは,我ながら少々悲観的な考え方のようにも思いますが(^^;)。 一生にたった一度だけ(しかも世間からブーブー言われながら)6億もらう程度が「研究者/技術者が手に出来る最高のレベル」だなんて,夢がなさ過ぎますよ(金額もさることながら,これだけ叩かれては「夢」もなにもあったもんじゃないし)。
 社長だろうが,首相だろうが,スポーツ選手だろうが,医者だろうが,技術者だろうが・・・世界を制するような最高の仕事にはそれに見合った「何か」があって然るべきであり,願わくば,その「何か」が(その方向を志す者にとって)ロマンをかきたてるものであって欲しい・・・と思います。
 ともあれ,今回,次の仕事の元手くらいにはなりそうな金額を手にした中村氏には,頑張って,出来ることなら次の素晴らしい成果を見せて欲しいものです。


 ・・・もう1つ。
 日本では,「科学技術立国」という言葉の他に,「知的財産立国」という言葉もスローガンとして取りざたされており,一連の著作権強化策などもこの方針にのっとったもののようですが,知財立国が実現するためには,特許などの知的財産が経済的に大きな価値をもたらすことが重要だろうと思います。 ・・であるなら,今回のような訴訟で特許の対価として高額が認められた場合,知財立国を推進する立場の人や,それに賛同する人からは,その結果を喜ぶ声が出てもいいのではないでしょうか。 重要特許の価値が安いものだったら,知財立国なんてとてもおぼつかないわけですから。 ところが,僕の知る限り,そういう立場の人から喜びの声が出たという話はなさそうです。 ・・不思議なことです。


(注記: 意味の通らない文・脱字などを若干修正しました。(1/22))

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ってなわけで,

謹賀新年!!

今年もひとつご贔屓のほど,お願いします。

2005年 元旦

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